2019年11月30日土曜日

保守の巨星か売国者か、中曽根康弘元首相逝去

昨日の11月29日、自民党の議員であった中曽根康弘・元総理大臣が逝去されました。享年101歳。

彼については賛否両論あるでしょうが、どのような方だったのか取り上げてみたいと思います



中曽根さんと言えば、「三公社民営化」と、日米同盟の強化、さらに「戦後政治の総決算」というスローガンを掲げたことで知られています

三公社民営化というのは、国鉄と電電公社、専売公社を民営化した事で、それぞれ今のJR、NTT、JTになりました

特に国鉄(現JR)は問題が山積していて、赤字路線などで借金が膨れあがり、それを解消するために合理化しようとしても強い労働組合の力で、ストライキが行われて経営は混迷していました

国鉄が解体される際には、借金は25兆600億円にも達していたと言われています

当時の国鉄労働組合は、20名程度の代議士を国会に送り込むだけの組織票を持っていたそうで、政界にも大きな力を持ち、社会党の支持組織となっていました

中曽根康弘氏はこの大きな国鉄の労組を潰すことができれば、社会党を崩すことも出来と考えたようです

「ミスター合理化」や「メザシの土光さん」と言われた経団連名誉会長の土光敏夫氏をトップに据えた「第2次臨時行政調査会」を発足させ、国鉄の分割・民営化を本格的に進めていきました

政治的な手法として左翼勢力を削ぐためでもありましたが、民営化することで借金の膨張をとどめたわけです

こうした手腕をみると、政治的に優れた才能をお持ちの方だったように思います

戦後は「軽武装、経済重視」の吉田ドクトリンを踏襲する流れがあってそれが日本では保守本流とされてきました

しかし中曽根氏は早くから憲法改正を訴え、自国の軍隊を持ち、アメリカに依存しない自主防衛を考えていました

吉田ドクトリンの日本はアメリカの安保にただ乗りして、経済だけに力を入れて発展すればよいという考えは、いまでも続いていて、それが日本が軍を持てなくて、いつまでもアメリカに依存し、属国のように扱われる要因になっています



戦後に朝鮮戦争が起こった時に、アメリカは日本にも再軍備するように求めたのですが、吉田首相は憲法九条を盾にしてこれを退けたわけです

この時に憲法改正していれば、日本は自立した国家として、もっと誇りを持った国になっていたと思います

軍事はアメリカに依存する道を選んだために、日本はいつまでも自立できず、ただ各国から言われたらお金を出すだけの国になっていきました

そうした事を考えると、吉田首相よりも中曽根さんの意見の方が正しかったといえるでしょう

中曽根首相はアメリカのレーガン大統領と「ロンヤス」と呼びあうような友好関係を築いて、日米の関係を強化しています

これは一見すると対米自立の主張と矛盾するように思われます

しかし、戦略的に二段階の構想を持っていたようです

つまり、まずはアメリカの庇護下にあって、自衛隊戦力の増強に努め、戦力が十分になったところで、憲法を改正し自衛隊を自衛軍に移行して自主独立を達成する

こうした考えを持っていたと言われます

これは正しい戦略であり、自国の防衛力が十分でない時には、アメリカに頼らなくてはなりません

米軍は今のところ世界最強ですので、これと手を結んでおかなくてはならないのです

次に、そのうちに防衛力を高めて、自分たちで日本を守れるまでの力を持たなくてはなりません

そうした状況になったところで、アメリカとは対等な関係として、一方的に庇護されたり、命令されるような関係を脱し、イコールパートナーとして提携していくのです

日本について、こうした未来ビジョンが正しい道でしょう

大筋において中曾根康弘氏の考えは正しい道だと思います

ただ保守側からの批判としては、靖国公式参拝を中国などからの批判で取りやめたことや、「韓国併合は合意の上に形成されたもの」と発言した藤尾正行文部大臣を罷免したこと、「アジアの国々に対しては、侵略戦争だった」などの発言が取り上げられます

ちなみに靖国神社に公式参拝されたのは戦後の首相で中曽根康弘氏が最初でありましたが、後に批判を受け参拝を止め、それ以降、首相の靖国参拝が政争の具とされます

このように批判を受ける面もありましたが、日本のかじ取りとして正しい方向を示された面があるでしょう

人物を見るに功罪両面があるため、それをトータルで俯瞰して見定めないと分からないところがあります

総合的に見ると、中曽根康弘さんは戦後の政治家の中でも優れた人材の一人であったと思います

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3 件のコメント:

  1. 公正で明快な中曽根さんの評価だと思います。80年代の世界は、レーガンとかサッチャーとか、自由陣営の大物が、ひそかにソ連つぶしに力をいれていた時代でした。ソ連への圧力と共産圏の分断のため、中共にあまい顔をした面があったのでしょう。

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  2. 教えていただいてありがとうございます。
    年齢的にあまり馴染みのないというか名前しか知らなかった方なので、ニュースで訃報を目にした時どんな方だったんだろうと思っておりました。
    惜しい方がまた、この日本を去って行かれたのですね…。

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  3. 中曽根さんが、総理になったころ、私は小学生でした。
    本日のブログで、子どもの頃、報道をよくわからず見聞きしていたのが繋がりました。
    わかりやすい説明ありがとうございました。

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